
あなたは呼吸を常に意識しているだろうか?
おそらく意識するのは、瞑想しているときや、深呼吸をするとき、リラックスしたいときといった、特定の場所やシチュエーションに限定されるだろう
日頃、毎時毎分毎秒、自分の呼吸に意識を向けている人はいない
同じように瞬きの回数も、髪の毛を触った回数も、車のハンドルを何回回したかも、朝の歯磨きで何回歯ブラシを動かしたかも、気にしてはいない
それらは無意識に実行されているからだ
ほぼ「自動化運転」だといって良いだろう
いちいち思考や判断を使わなくてよいシチュエーションなら、脳の活動に必要な、大事なブドウ糖や酸素を無駄に使うことも避けたい
しかし、厄介なのが
この「自動化運転」が、自身の「感情」や「思考」に深いアプローチが必要な場面でも採用されてしまっていることだ
夫からむすっとした顔で「おはよう」と言われて「ああ、また私の何かが気に入らないんだわ」と思う
子どもがご飯を食べたらすぐに部屋にこもってしまうのを見て「ああ、私のことなんて召使みたいに思っているんだわ」と思う
義母からの「今日はなにしていたの?」というLINEに「また私のことを監視しているんだわ」と感じる
ママ友が「この前、Aちゃんママととランチ行ってね」という話しに「私だけ仲間外れされているんだわ」とショックを受ける
本当にそうなのだろうか?
相談に来られる方は言う
「当然そうなんです、いつもそうなんですから」
でも私は食い下がる
「では、相手が○○○○という理由や、○○○のために、そういう態度を取った可能性はないのですか?」
「え、そんなこと考えたことなかったです…」
「さらに、あなたは『気に入らないんだ』と思ったと仰いましたが、その時どんな感情を抱いたのですか?寂しかったんですか?怒りが湧いたんですか?残念な気持ちになったのですか?もっと違う感情ですか?」
「え、、、わかりません」
「考えたことがなかった」
「わからない」
そう、これが「自動化」
考えていないから、わからない
考えたこともないから、わからない
じゃあ、なんで考えたことがないのか
思考が自動化されてるから
「みんなと仲良く」
「仲間外れはダメ」
「みんなと違うことをしてはダメ」
「目立っちゃダメ」
「権力や地位のある人が絶対」
「学校は行くもの」
「一回始めたことは続けること」
「やめるとは弱い人間がすること」
「人を不機嫌にさせてはいけない」
「弱音は人に聞かせてはいけない」などなど
小さいころから言われ続けてきたことは、暗黙のルールとなって、思考に定着して、無意識の中に染み込んでいく
だから思考をし、内観をする前に、勝手に私たちを動かしていく
まず「自動化」されていることに気づかねばいけない
「自動化プログラム」が、自分の好き嫌いと関係なく作動していることに気づかねば、話は始まらない
作動していることに気づいて初めて、ようやくその存在を認識して、「さあ、どうしようか」とその自動化プログラムのアンインストールに取り掛かれる
それが
「癖やめワーク」
手前味噌で恐縮ですが、えらいもん作っちゃったなって自画自賛
占いが必要な、効果的な場面もある
でも占いが役に立たない場面もある
この「自動化プログラム」が暴走しているときなんて、占いなんてドブにお金を捨てるようなものです
まったく意味をなさない
私の占いに3年以上通われていた方が、このワーク2回受けただけで、一気に進化成長の階段上ったのを見て確信しました
あなたが
「どうしたいのかわからない」
「どうしたらいいのかわからない」
そんな状態になっているのなら、いまこそその「自動化プログラム」を削除せねば
あなたの心のストレージは間違いなく、それらに占められているから、本当に入れたいデータが入らない
なにをしても
なにをやっても
心が満たされていく感じがしない
同じことの繰り返し、もう、やめませんか?